探さないでください 1章

はじまり


   * 

人々は、この国を『賢者と巫女の国ティシャナ』と呼ぶ。
そう呼ばれるには幾つか理由がある。その一つにティシャナ聖王都の人口の半数が、賢者又は巫女関係者であることが言えよう。
 ティシャナ国は、王家を頂点とした王権国家であるが、その政は王の独断で行われることはない。政治は巫女が受ける神託と、賢者の膨大な知識が政の方向性を決めている。
――この物語は、そんな国の中から始まる。
 
 お話の前に、二つの家の名前を紹介したい。
 賢者の最高脈家系 ロイト家
 巫女の聖なる家系 ファイファー家
 この両家は、王の側近として仕えることを命じられていた。特にロイト当主家に最初に生まれた男子と、ファイファー当主家に最初に生まれた女子は重要視された。
 ロイト家の子息は王を補佐する参謀として、そしてファイファー家子女は王の相談役として仕えなくてはならない。王は彼らの忠誠に応え「賢王」「巫女王」の称号を与え、王都全ての賢者と巫女の管理を任せるのだ。

 ティシャナ暦四五二年の初冬。 
 この年、ロイト・ファイファーの両当主家に、玉のような男子と女子が生まれる。
 そう彼らがこのお話の主人公達だ。

   * * *

 最初に生まれてきたのはロイト家の長子。そして数日の差でファイファー家の長女が誕生した。
 ティシャナの国民は、この二人の赤子の誕生を自分のことのように喜び、祝いの歌を謳い、大いに騒いだ。その祝賀は、現ティシャナ王の娘クローディア王女が生まれた時よりも盛大であったという。普段は冷静な賢者と巫女達も、この時ばかりは自分達の未来の指導者の誕生に浮かれた。
 国中がこの数日の間、祝いの花の香りと明かりに包まれた。
 しかしその祝いの騒ぎの中、一人大いに頭を抱え悩む者がいた。それは現ティシャナ王その人だった。
 ティシャナ王は、誰もいない執務室の窓から祝いの明かりを見ていた。黙って外の様子を見ていたかと思うと突然大きな溜息をつく。
 その溜息は、堅固な王城の窓を突き破り、今にも外に漏れ出してしまいそうなほど深いものだった。国内は祝いのムード一色だというのに、どうしてしまったのだろうか。
「私は、いったいどうしたらいいのだ」
 王は、窓ガラスに映る自分に話しかけてみる。当たり前だが答えが返ってくるはずもなく、無駄な事をしたと再び溜息を繰り返す。
 王をここまで悩ませているのは、今、国内の主役になっているロイト家とファイファー家が原因だった。実はこの両家、いつの頃からか犬猿の仲として有名な間柄になっていた。
 両家は賢者と巫女を代表する家柄だ。現在その不仲は、賢者と巫女の世界にも伝染しつつある。このままでは、国の根幹を揺るがしかねない事態だ。王はこの諍いを自分の代で解消したいと考えていた。しかしどうにも上手く事が運ばず、現在に至ってしまっている。
 
 王は自分の服の裾が下に引っ張られていることに気付いた。これはどうしたものかと視線を下に向けると、自分の足にまとわりつく愛娘を発見した。
「ねぇ、おとうしゃまぁ」
 王は考えに没頭するあまり、愛娘が自分の傍に来たことに気がつかなかった。
「おや姫よ、来ていたのか」
 王は娘を胸に抱き上げた。
「クローディアなんども、おとうしゃまよんだのに! おへんじなかったぁ」
 彼女は、ティシャナ王の一人娘クローディア王女だ。王と同じルビー色の髪をしており、エメラルドグリーンの澄んだ瞳がとても生意気そうだ。そして今はなぜか、可愛い頬をぷっくりと膨らませ怒っている。
 今年で三歳になったクローディアは、最近扉の開け方を覚えた。そのため王の執務室にも自由に入れるようになった。しかし勝手に入って来られるのも困るので、王はクローディアに部屋に入るときは扉をノックするよう教えた。今日はその言付けを守ってノックをしたのだろう。しかし王は、思索に耽るあまり、その音に気づかなかった。
「それはすまないことをした、どうか父を許しておくれ」
 一国の王とはいえ人の親。王は怒る愛娘に目じりを下げながら、懸命に機嫌をとる。
「どうしようかな」
 クローディアは、そんな父王の腕の中で、父を許してあげようか考えているようだ。
「そうだクローディア、良い事を教えてあげよう」
 王は、クローディアを抱いたまま窓辺に近づいた。
「なに?」
「窓の外を見てごらん。とても綺麗だろう」
「うん」
 クローディアは、窓に両手をついて外を見下ろした。日が落ちかけたティシャナの王都は、街中が祝いの明かりでキラキラと輝いており幻想的だった。
「キラキラしててきれい」
「みんな、そなたに可愛い弟と妹が出来たお祝いをしているんだぞ」
「おとうとといもうと?」
「そうだよ。そなたの半身となる大切な子達だ」
 王には、クローディア以外に子がいない。王妃は病弱のため、子供は彼女以上望めないかもしれない。そうなれば将来ティシャナ国の王になるのはクローディアだ。そして女王となったクローディアを支えるのは、生まれてきたばかりの二人の赤子達だ。半身というのは大げさな例えではないだろう。現ティシャナ王にも賢王と巫女王という強い支えがいる。
 クローディアは二人と歳が近い。出来れば三人きょうだいのように寄り添ってくれればと、願わずにはいられない。
「ほんとぉ」
「ああ仲良くしてやれるか?」
「うん、なかよくするよ! クローディアおねえちゃんだもん!」
 王は、娘の喜ぶ姿に顔を緩ませた。――その時であった。
「……そうか、良いことを思いついたぞ。クローディア、そなたのおかげでいい案が浮かんだ。お手柄だ!」
 王はそう言うと愛娘の頭を撫でた。
「……えっ? クローディアおりこうさん」
 幼いクローディアには、父が何を言いたいのか分かるはずもないだろう。しかし褒められたことだけは分かったようで、そのことを素直に喜んだ。
「よし、善は急げだ!」
 王はクローディアを床の上に下ろすと、部屋の扉の方へ歩いてゆく。クローディアはそんな父王の後ろ姿をじっと見つめた。
 王は執務室のドアを開けると、一国の王らしい張りのある声を廊下に響かせる。
「誰か、誰かあるか!」

   * * *

 その日の夜遅く。ロイト家とファイファー家の当主は、王城に召喚された。
「王よ。夜分遅くに何事でしょうか?」
 謁見の間に通された両家の当主は、何事かと慌てふためき心穏やかではいられなかった。その場には、王城に常に詰めている現賢王と巫女王の姿もあったからだ。これは只事ではない。
 現賢王と巫女王は両家当主の兄と姉に当たる人物だ。両家の主要人物が謁見の間に勢ぞろいしていることになる。
「こんな時刻に呼び出してしまってすまない。よく来てくれた」
 王は玉座から立ち上がると、頭を垂れている両家の当主の前まで歩み寄り、両人の手を取ると顔を上げさせた。
「王よ。必要とあらば、いつでもお呼びください」
「我らはそのための臣下です」
「そなたらの変わらぬ忠誠ありがたく思う、実はそなたらに折り入って頼みたいことがあるのだ」
 王は、娘のクローディアの言葉をヒントに、ロイト、ファイファー両家の関係を修復するアイディアを思いついていた。
「王よ……」
「どうかご存分にご命令ください」
 そう言うと両家の当主は、再び頭を垂れる。
「これは両家にとって重荷を強いる事になる……それでも聞いてくれるか?」
「ご命令ください」
 両家の当主は、声を揃えて王に告げる。しばしの沈黙の後、王は静かに両家の当主に語りかけた。
「……そなたらの子息子女だが、私に預けてはもらえないだろうか?」
「それは……」
「どういう意味でしょうか?」
 両家の当主は、王の思いもよらない命令に驚きの表情を浮かべる。王は二人の反応をあらかじめ予想していた。現賢王と巫女王に相談した時も同じような反応をされたからだ。
 王が両家に出した提案というは、ロイト家に生まれた長男と、ファイファー家の長女を、王が引き取り城の中で一緒に育てるというものだった。
「王よ。それはお受け出来ません」
「確かにあの子たちは、近い将来、国へ忠誠を尽くすことを定められた子です。しかし子供時分は親元に置かせてください」
 王は反対を受けるのを覚悟していた。王も人の親だ。自分がどんな酷なことを臣下に命令しているのか十分理解していた。しかし王は決断したのだ。
「そなたらが言いたいことは分かる」
「王よ。よろしいでしょうか」
 その時だった、傍らに控えていた賢王と巫女王が隣に歩みよってきた。二人はお互いを見てアイコンタクトを交わすと、巫女王が語りはじめる。
「話に割り込むのをお許しください。少しだけ私達の意見をお聞き届け願えませんでしょうか?」
「もちろんだ。言ってくれ」
「ありがとうございます」
 賢王と巫女王は、王に頭を下げて礼をのべる。
「あの子たちの定めは、私たちがこの身で体験し知り得ていると思っております」
 巫女王が静かに語りかける。賢王と巫女王候補の子供は、慣例により定められた年齢になると親元から離された。そして各々の修行に入る。それは現賢王と巫女王も経験している。
「確かにそうだな」
「年端もいかぬ子供が親元から離れるのは、とても心細かったのを覚えております。また将来己が政に携わるという重圧は、私達の心に重く伸し掛かっておりました……ですので、今から城に出入りさせて慣れるのは、良い事に思えます」
「私達は、王の意見に従います」
 賢王は、巫女王の語るのが終わるのを待って自分の意見を付け加える。
「では!」
「王の手元に置くことに賛成いたします」
 王は驚いた。なんと現賢王と巫女王は、王の味方に付いたのだ。両家より先に王の提案を聞かされた二人は別室で意見を交わし、先に結論を出していたようだ。しかし、王より驚いたのはロイト家とファイファー家の当主達だ。賢王と巫女王は、身内で自分たちの味方であろうと思っていたからだ。
「兄上!」
「姉上!」
 両当主は、ほぼ同時に兄と姉に抗議の声を上げる。
 賢王と巫女王は、家同士が犬猿の仲だが、王を支える参謀と相談役としての立場で争う事はない。王と国を何よりも最優先にするよう幼い頃から教育されている。
「何も引き離す気はありません」
「きちんとあの子達への最善の策を話し合おうじゃないか」
 その後、王と両家の当主、賢王と巫女王を交えた話し合いは朝方近くまで続いた。結果両家の子供は、現賢王と巫女王と同じ敷地に身を置き、両家が指定した教育係の教育を受けることが決まった。そして王は、両親の面会はいつでも自由に出来る事を約束した。

   * * *

 しばらくして、二人の赤子は王城へと招かれた。生まれたばかりの赤子は、自分たちが置かれた状況など知るよしもなく、揃いの寝台の上でスヤスヤと寝息を立てている。
 王はクローディア王女を伴い、子供部屋へ二人の様子を見に来た。
「ちっちゃい。かわいい」
 クローディアは、二人の赤子を前に目を輝かせた。そして彼らの乳母に自分も赤子の世話をさせてくれとねだる。
 子供部屋には、暖かい時間が流れている。
 王は、その姿を少しだけ離れた位置から見守った。この子達が兄妹のように育てば、必ず両家の険悪な仲も和らぐであろう。そして王女クローディアを姉として慕いまとまってくれれば、国の政は必ずや鉄壁なものとなろう。そう願わずにはいられない。


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