二枚の結婚写真

03

   ***


 祖母千恵子は、二回結婚をしている。
 最初の旦那さんは、南の島で戦死して、お骨さえも帰って来なかった。奥多摩にある本家のお墓の中は、墓標があるのみだ。
「これがおじいさんのお兄さんなのよ」
「この人がそうだったの」
 子供の頃、聞いたような気はする。写真を見るまで実感がなかった。これがおじいさんのお兄さんなのか。祖父に似ている。やはり兄弟なのだなと思う。いまもどこかの南の島で眠っているのだろう。それを考えると切ない気持ちになる。しかし、祖母は祖父の昭三と再婚してくれなければ、母は生まれず、私も今ここにいない。運命とは本当に不思議なものだ。
「えっと、さて次のこれはなにかしらね」
 母は、化粧箱の中から古い一冊の本を取り出して、中を確認した。
「やだ、これって!」
 母は、その本を持って慌てて叔父の所に飛んで行った。私も母の態度が気になり、後を着いていった。
 母は、叔父に持っていた本を興奮気味に差し出した。
「大変、凄い物見つけちゃった。これさ、お父さんとお母さんの交換日記みたいなのよ」
「えー、まさかあの二人がそんなことするのかよ」
 叔父は本のページをめくって、中を読んだ。
「……あ、これは見ちゃいけないやつだな。ばーちゃんが死んだら棺桶に入れてやろう」
 叔父はそう言うと、そっと本を閉じる。
「そうね。私ちょっと読んじゃったんだけど」
「俺も、しかしあの二人にこんな一面があるなんてねぇ」
「意外とラブラブだったのね」
 母と叔父は、私を置き去りにしてニヤニヤと笑い合う。
 日記の中身に少し興味があったが、どうやらその日記帳はこれからも誰の目にも触れず、祖母の葬儀の日まで眠るようだ。
 私は、祖母は我がままな祖父に苦労させられたと聞いていたが、どうやら、全てがそうでもなかったようだ。
 夫婦には夫婦にしか分からない事があるのだろう。
 私の祖母のイメージは、朝早く起き、綺麗にお化粧をして、背筋を正して帳面をつけている姿だ。共に甦る音は、小切手を切る音と、計算機を叩く音と、分厚い帳面に日付のスタンプを押す音。
 人生、仕事一筋。
 私が少し艶やかな色のスカーフをつけてゆくと、この色が流行ると戦争が起きると言い、顔色が悪いとまだ高校生の孫娘に紅を塗りなさいと口紅をくれ、欲しい物が二つありどちらにしようか迷っていると両方買ってくれた祖母。豪快であり繊細な千恵子ルールがあるのだ。そのルールは母と孫の自分にも脈々と受け継がれている。

 二枚の結婚写真と、奥の部屋のベッドで眠る祖母をそっと眺めた。

 あちらに呼ばれる日まで、ゆっくり骨休めしてください。
 きっと、貴方のことだから、あちらではまた忙しい日々を送るのだろうから。
 
 
                                   終

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